山崎浩二のSmall Beauty World

第45回「パクチョンのクリプトコリネ・バランサエ」

クリプトコリネ・バランサエの仏炎苞。独特のねじれた形態が美しい。パクチョンの自生地では例年2月ごろが開花のシーズンである。花の時期にはあちこちの株から花が立ち上がり見事である。

タイに旅行した多くの人は、まずバンコクのスワナプーム国際空港へ飛行機で辿り着く事だろう。そこから有名な観光地であるプーケットやチェンマイなどへと乗り継いで向かう。タイではこうした飛行機を使っての移動の他、電車バスや車を使っての移動方法もある。数多くあるタイの観光地の中で最もバンコクから近くて手軽なのが、カオヤイ国立公園(Khao Yai National Park)であろう。山あり川あり、ジャングルありと言った自然の中で野生の象や鹿、猿などにも出会える。カオヤイへはバンコクから車なら約1時間半から2時間で到着する。これなら日帰りでのツアーも可能である。そのため海外からの旅行者の他、バンコクに住むタイ人にも人気の観光地となっている。山地のため、暑いバンコクと違い涼しい気候も魅力だ。

自分も30数年前に初めてタイを訪れた際に、カオヤイ国立公園を訪問した記憶が残っている。しかし、その当時のカオヤイと現在のカオヤイとでは大きく様子が異なってしまっている。国立公園の中はもちろん自然が保たれているのでそうでもないが、麓の町の様子は激変してしまっている。国立公園に向かう道路も二車線だけだったのが、拡張されて周囲の木々は伐採されてしまったし、何より素朴だった町の様子が完全に今風のリゾート地となってしまっている。まあバンコクから一番近いリゾート地として観光客が増えれば、このような変化は致し方ないのかもしれない。しかし、昔のカオヤイを知る者としてはちょっと寂しく感じてしまう。自然を楽しみに訪れている地で、自然が壊されていては意味がないのである。この問題はタイではなく日本でも同じである。沖縄の石垣島などでは同じような問題が生じている。

パクチョンのバランサエの水上葉。水中葉に比べて緑が濃くなり、葉柄や葉の長さも短くなっている。岩場にがっちりと根を張っているので、雨季になり増水した際にも流されてしまうことはない。

昔のカオヤイ周辺は夜になると電灯の数も少なく、明るい電灯のある場所には数多くの昆虫が飛んで来ていた。アトラスオオカブトやテナガコガネなどの他、様々な昆虫が観察できたので、夜の街灯巡りは非常に楽しかった。だが、現在では多くの場所に明かりが灯り、またその電灯の多くが昆虫が集まらないような波長の光となっているために、昔のような街灯を巡っての昆虫観察はできなくなってしまったのが残念である。

前振りが長くなってしまったが、このカオヤイ国立公園のある山の麓にパクチョン(Pak Chong)という町がある。カオヤイ国立公園からは車で15分程なので、何か買い物があるとこの町まで下りて来ていた。このパクチョンの町はずれに目立たない小さな川があり、ここにクリプトコリネ・バランサエ(Cryptokoryne crispatula var.balansae)の群落があると教えてもらったのは、かれこれ20年以上前の事である。それから、カオヤイに来るたびにその川をチェックしているのだが、バランサエの群落は未だに健在である。バンコクからも日帰りや一泊旅行で来られるため、何度となく魚や水草好きを案内してきた。魚は目ぼしい種類はいないが、小型のヌマエビやテナガエビ、サワガニの仲間などの個体数は多く、採集も楽しめる。

パクチョンの町外れのクリプトコリネ・バランサエの自生する川。川底は岩盤質だが、岩の隙間に根をがっちりと活着させている。水中葉が流れにたなびく様子は美しい。
流れから採集したクリプトコリネ・バランサエの水中葉。根は流れに負けないように岩の間にがっちりと張っており、採集するのも難しいぐらいである。日当たりの良い場所では赤みが強くなる傾向にある。

タイでも、マレー半島部ではなくインドシナ半島部で見られるクリプトコリネは、ほとんどがこのバランサエと同様の細葉タイプである。マニアの間では、この細葉タイプのクリプトコリネはなぜかあまり人気がない。クリプトコリネの分類などに関しては不勉強なので多くは語れないが、同じバランサエと思われる物でも自生地により、大きく姿や生態が異なってい興味深いのだが・・・。また同じ種類でも雨季と乾季では大きく姿が異なっている。ここパクチョンのバランサエも同様で、11月から翌年5月ぐらいまでの乾季に水から出た株は、長く伸長した水中葉と異なり、がっちりとした短い肉厚の葉に変化する。知らない人が見たら別種と思ってしまうほどの形態変化である。
パクチョンのバランサエは例年2月頃の水位が下がった時期に独特のねじれた形の長く伸びた仏炎苞を持つ花を咲かせる。どの種類でもそうなのだが、クリプトコリネはこの花の咲いている時期が一番魅力的だ。長く伸びた花の先端に色とりどりのイトトンボが止まっている姿を、以前は時間を忘れて撮影したものだった。花が咲いて2~3ヶ月すると株の根元には大きな丸い実ができる。この身の中に数10粒の種が入っている。実が熟すと種がこぼれ落ち、水に流され新たな場所で芽吹くのである。しかし、自生地で観察した限りでは、実生よりもランナーでの増殖の方が主流のようだ。

タイは11月から5月までが乾季である。10月に雨季が終わり、徐々に川の水位が下がってくるに従い、バランサエも水中葉から水上葉へと徐々に変化を遂げる。凹凸のある葉は水中葉と同様だが、水上葉はまた違う魅力を持っている。
4月の終わり頃、岩盤から掘り出した水中葉の株。根元には丸い実を付けている。このように実生でも増殖するが、自生地ではランナーで増殖する方が主流のようだ。実の下に見える白いのがランナーの芽である。
パクチョンのバランサエの水上株を水苔に植えてプラスチックのカップの中で育成してみた。蛍光灯の光のために日光で育った水上葉の力強さはないが、赤みを帯びた水上葉を展開して美しく育ってくれた。こうした水上株はアクアテラリウムでも活用できるだろう。

昨年、乾季で水上葉に変化している時期にここパクチョンを水草好きの友人と共に訪れ、少しだけ水上葉の株を採集して帰った。この時のバランサエは友人のところでは未だに健在のようである。自分は日本に持ち帰り、水苔に植えてプラスチックのカップの中で育成してみた。蛍光灯の光でも容易に育成でき、これならテラリウムでの育成でも楽しめると感じた。バランサエは水中葉で販売されることがほとんどで、水槽での育成も容易でクリプトコリネとしては初級種である。赤みを帯びて長く伸長した凹凸のある葉の水中葉も美しいが、改めて育成してみると水上葉も魅力的だし、今までと異なった使い方も可能である。安価な初級種だとバカにしないで、バランサエの魅力をもっと楽しんでいただきたい。

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