山崎浩二のSmall Beauty World

第16回「ベタ・スマラグディナ(Betta smaragdina)」

ラオスのサワナケート産のベタ・スマラグディナの雄個体。闘争時には写真のように輝く様な色彩を見せる。この色彩がエメラルド・ベタと呼ばれる所以である。

このコラムではスプレンデンス・グループに属するワイルド・ベタを今までにもいくつか紹介して来た。ボルネオなどに生息する色彩的にも派手な他のワイルド・ベタは紹介しなくてもそこそこの人気はあるのだが、このスプレンデンス・グループに属するベタはマニアの間でもちょっと低く見られがちである。そうした日陰者になりがちな彼らに少しでも注目してもらいたく、またここに来て細分化されてきた彼らの魅力をもっと知ってもらいたいというのがこのコラムで積極的に取り上げている理由である。

ラオスのサワナケート産のベタ・スマラグディナの雌個体。輝くような色彩を見せる雄に比べ、雌は色彩的に地味で各ヒレも短い。

今回紹介するベタ・スマラグディナは、数多くの種類が知られているワイルド・ベタの中でも5本の指の中に入る程好きな種類である。その理由はいくつかある。ひとつは、30年程前に自分が最初に飼育、繁殖を行った種類である事だ。そして最初に撮影したワイルド・ベタも本種であった。誰もが初恋の人を忘れられないのと同様に、初ワイルド・ベタの事は今でも記憶の奥底に強い印象として残っている。初めてエメラルド色を纏った婚姻色を見て水槽の前に釘付けになり、感動的な繁殖シーンを目にした事は生涯忘れないだろう。

タイ東北部、ウボン・ラチャタニのベタ・スマラグディナの生息場所。照りつける日差しは熱く、各種水生植物の茂る湿地帯の水温もかなり高めである。

もうひとつの理由は、自分の手で採集した2番目のワイルド・ベタであるという事。東南アジアのフィールドを訪ね始めて、最初に採集したのは、予想もせずに網に入って来たタイ東部チャンタブリのベタ・プリマであった。当時は未記載種であったが、初めてのマウスブルーディング・ベタで、それをきっかけにワイルド・ベタにハマり、約半年後に自分の手で掬う事ができたのがバブルネストビルダーの本種であった。その後マレー半島やボルネオ島をワイルド・ベタを求めて彷徨い、数多くの種類を自分の眼で見て採集してきたが、その中でも本種とベタ・マクロストマに関しての思い出は別格である。

ウボン・ラチャタニの生息場所で見つけたベタ・スマラグディナの泡巣。決まって浅い場所の草の茂みに作られている。こうした浅い場所には捕食者である他の魚が来にくいためであろう。
ウボン・ラチャタニの生息場所で網で掬ったばかりのベタ・スマラグディナのペア。採集したばかりの時は雄のエメラルド・グリーンの色彩はまだ残っているが、次第に色褪せてしまう。

昔はワイルド・ベタの図鑑を作るという目的があったため、仕事としての採算は度外視して生息場所に赴き、精力的に撮影、採集を行っていた。しかし、図鑑の出版を終えてしまうとその意欲はだんだんと萎み、ここ十数年は正直あまりワイルド・ベタに興味がなくなっていた。ところが、もう新種はいないと思っていたスプレンデンス・グループのワイルド・ベタに、ベタ・スティクトスという新種が発見された。治安の良くないカンボジアの奥地までベタ・スティクトスの採集に行き、その採集に成功した事で、またワイルド・ベタへの情熱が蘇って来た。特にスティクトスとは近縁なスマラグディナに関しての興味も再び膨らんで来たのである。

きらめく色彩で雄同士で闘争するウボン産のベタ・スマラグディナ。この産地の個体は古くから知られ、本種の代表とも言える。こうした闘争時に本種は一番魅力的に見える。

ここで少し簡単に本種の事を紹介しておこう。Betta smaragdina が記載されたのは1972年で、ワイルド・ベタの中では普及種として古くから親しまれていた。繁殖期に雄の体色はエメラルドグリーンに染まる事から、英名ではエメラルド・ベタと呼ばれる。学名のsmaragdinaというのもラテン語でこのエメラルド色を意味している。
生息場所は主に湿地帯や池、沼などの止水域で、典型的なバブルネストビルダー(空気で泡を作り繁殖する種類)である。分布の中心はタイ東北部のイサンと呼ばれる地域であるが、メコン川流域のラオスのサワナケートやビエンチャン辺りまで分布している。たぶん最も北方にまで分布しているベタであろう。
これだけ広範囲に分布している本種は、それぞれの生息場所により形態や色彩には地域変異のある事が知られている。異なる生息場所の魚が遺伝的に交雑しないように、マニア達は生息場所の地名を付けて本種の事を区別している。
産地として有名なのは、ウボンやノンカイなどのタイ東北部産だろう。これらは商業的にも輸入され、入手も比較的容易であったが、最近はあまり姿を見かけないのが寂しいところである。本種は闘争性は弱く、広さのある水槽なら雄の複数飼育も可能である。
だが、一度個別に飼育してしまうと、闘争性が増してしまい複数飼育はできなくなってしまう。ラオスのビエンチャン郊外では、本種を闘魚として使うらしく、販売しているのを道路沿いでよく見かけた。

タイ東北部ノンカイ産のベタ・スマラグディナの雄個体。本産地の魚も以前は数多く日本に輸入されて親しまれていた。ノンカイはメコン川を挟んでラオスのビエンチャンとの国境である。
ラオスのビエンチャン郊外の道路脇ではこのような小さなベタ・ショップを見かける事が多い。そこでは闘魚用にベタ・スマラグディナが販売されており、ビンの中で雄はきらめく色彩を見せている

さて話しを戻そう。一時ブランクがあったものの、スティクトス採集以来、またワイルド・ベタへの情熱が蘇って来たので、とりあえずスプレンデンス・グループからやり直しという事で、近年はまた各所でベタ掬いに励んでいる。
小型の幼魚や採集した直後の個体は色彩が飛んでしまい種類の判別は難しいが、飼育下で婚姻色を引き出せれば特徴の判別は難しくない。その結果見つけたのが、このコラムでも紹介済みのカンボジアのシアヌークビル産のベタである。

タイ東北部チャヤプーン産のベタ・スマラグディナの雄個体。色彩的にはやや他の個体群に比べ地味だが、尾びれの形状に特徴が見られる。

スマラグディナに関しては、新しいところでは、タイのチャヤプーン産の個体群が興味深い。この地域の個体群は比較的ずんぐりした体型をしており、雄のヒレは成魚でも短めである。面白いのは多くの個体で、尾びれの中央部がやや伸長した形態になる事である。
これはスプレンデンス・グループの魚では、ベタ・マハチャイエンシスにだけ見られる特徴であり、他の個体群のスマラグディナでは見られない。また、他の個体群よりもやや赤味を帯びている。チャヤプーンの本種の生息場所は低地の湿地帯ではなく丘陵地の湿地帯で、今までに知られている他の個体群とはやや生息環境としても異なっている。
最近はベタの仲間も外部形態だけではなく、遺伝子レベルでの種の研究が行われているようなので、今後の研究の成果を待ちたい。

ラオスのサワナケート産のベタ・スマラグディナの雄個体。本個体群は色彩的には本種の中でもピカイチであろう。色彩だけでなくフォルムも美しい。

まだ確定した情報ではないが、ラオスのサワナケート産の本種も遺伝子レベルでの違いがみられ、本種とは別種として独立させる動きもあるようだ。このように広い分布域を持っていた本種は今後細分化される可能性が高くなっている。比較的姿が良く似ている近縁種のスティクトスとの分布域の境はどこになるのか、などなど興味は尽きない。まだしばらくはスプレンデンス・グループのワイルド・ベタで好奇心が満たされそうである。

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