山崎浩二のSmall Beauty World

第23回「チャンタブリのヤマガニ」

夜間に山の中を餌を探して歩き回るチャンタブリのヤマガニ。雨の降った後などは更に行動が活発になるのか、巣穴から出て歩いている個体を数多く見かける。
雨の日は道路を歩いていて交通事故に遭う個体も多いようで、潰れて死んだ個体もたまに目にする。

ここのところ東南アジアの甲殻類、特に淡水のカニに対しての興味が膨らんで来ている。元々甲殻類好きで淡水のエビ専門であったのだが、カニの方も知れば知る程興味深い。東南アジアでフィールドワークをしていると、魚やエビと一緒に必ずと言っていい程カニも網に入って来る。以前は大切な魚などの獲物をカニに傷付けられるのが嫌で、網に入って来るとすぐに川にリリースしていた。ところが様々な場所でカニを採集し見ていると、似た様な種類でも微妙に体色や模様、ハサミの形態などが異なっている。一度興味を持つと更に違いも見えて来て、その奥の深さに気付かされてしまったのである。というような訳でこのコラムでもカニを取り上げる機会が多いのはご理解願いたい。

巣穴の中から外界の様子を伺うヤマガニ。巣穴から出歩いている個体はそうでもないが、穴の中にいる個体は非常に用心深く、少しの物音でも穴の奥に潜ってしまう。

自分のフィールドワークのベースであるタイには多くの淡水性のカニが生息している。サワガニの仲間が圧倒的に種類が多いが、その中でも陸上生活に特化した種類はヤマガニと呼ばれている。水中ではなく水辺から遠く離れた山の中にも生息している事からそのように呼ばれるようだ。
ただし、一口にヤマガニと言っても、かなり陸上生活に適応している種類とまだ水に対する依存度が高い種類とがいる。たまに山の中を車で走っていると近くに川や水脈もない場所でカニを見かける事がある。このような種類はかなり陸上への適応性が高いのであろう。

今回はタイ東部チャンタブリに生息しているヤマガニを紹介しよう。この種類は比較的水に対する依存度がまだ高く、親ガニでも川からそう離れていない場所に生息している。チャンタブリでは以前から魚やカニ、エビの観察をしていて、その度にこのヤマガニの姿もカメラに収めて来た。今年になって幸いにも交尾のシーンや稚ガニの保護シーンが撮影でき、一連の生活史の紹介ができるようになったのでここで紹介しようと思った次第である。

巣穴の中で産卵したばかりの卵を保護中の雌。卵はかなり大きく、その代わり数は海産のカニに比べ多くはない。卵を保護中の雌は普段よりも用心深く、外界の動きなどに非常に敏感である。
交尾を行う雌雄のヤマガニ。雄はハサミで雌を押さえるようにして腹部と腹部を合わせて交尾を行う。カニの交尾のスタイルはどの種類でも似ており、雌が下になる場合が多い。交尾はかなり長時間に及ぶ。

チャンタブリのヤマガニは薄いイエローからブラウンの体色をしている。チャンタブリからそう遠くないタラットのヤマガニは濃いパープルの体色をしているが、体型は非常に良く似ている。甲殻類の場合、色彩の違いだけで別種とするのは大きな間違いである。日本産のサワガニがその良い例と言えるだろう。生息場所により鮮やかなオレンジ色からブラウン、はたまた白や青い個体までいる。カニの分類はエビ以上に難しいようで、あまり資料もない。まあ、自分の怠惰のせいもあるが、今回紹介するチャンタブリのヤマガニもまだ種の同定はしていない。そのうち学名なり詳細が分かったらまた報告するという事でご容赦願いたい。

水中の石の下にいた稚ガニを保護中の雌。この個体は大型なこともあり、百匹近くの稚ガニを腹部に抱えていた。
稚ガニはすでに独立して生活可能な大きさにまで成長している。可哀相なので、そっと元の石の下に戻してあげた。

ここチャンタブリではヤマガニ達は川から遠くない山の斜面などに穴を掘って生息している。ヤマガニとは言え、やはり水分があった方が快適なのか、雨の降った夜間などは川沿いの道路でも良く歩いている姿を見かける、繁殖期の雌は水分が必要なようで、より川の近くに穴を掘って生息しているようだ。これは稚ガニ時代は陸上での生活よりも水中での生活を好むためと思われる。大型の成体であれば、丈夫な甲羅で多少の乾きにも耐えられるが、小型の稚ガニではあっという間に体から水分が奪われて死んでしまう。卵を抱いている雌はよく穴の中にいるのを見かけるが、今回偶然水中にある石を起こしたら大きな雌がいて、お腹には稚ガニがいっぱい抱かれていた。卵がふ化する間は穴の中で保護を行い、稚ガニを川に放す段階になると雌は川に移動するのかもしれない。

交尾は雌が生息する穴の近くで夜間に行われるようだ。腹部と腹部を合わせるように正常位で行われる。多くのカニは雌よりも雄の方が大型で、交尾の際に雄がハサミで雌を動けないようにホールドする。交尾時間は比較的長く数十分はかかるようだ。今回見つけた交尾中の2匹は懐中電灯の明かりにも逃げる事はなく交尾を続け、非常に楽に撮影させてくれた。

交尾が済んだら雌雄は別々に穴で暮らし、雌は巣穴の中で産卵を行う。卵は雌の腹部に抱かれ、手厚く保護される。産卵されたばかりの卵は鮮やかなオレンジ色をしている。卵のサイズは3mmほどと大型である。サワガニやヤマガニの仲間は陸封型で卵の中で幼生期を過ごし、稚ガニとなって産まれて来る大卵型の繁殖形態を有する。産卵する卵の数は海産のカニに比べると少ないが、生まれた子供の生存率は高い。卵は発生が進むとやがて黒っぽく色彩が変化する。ふ化までは1ヶ月以上かかるようだ。稚ガニはふ化後しばらく雌の腹部に抱かれて育つが、やがて離れて独立して生活するようになる。このヤマガニの生息場所近くの川には、たぶんヤマガニの子供であろうと思われる小型のカニが多く生息している。ただし、甲羅の幅が5cmを超える様な大型個体はいないので、それぐらいのサイズで陸上生活に移行するのであろう。

親ガニが生息する近くの細流で見つけた若い個体。水中で生活しており、見た目はサワガニそのものである。しかし、大型の個体はいないので、間違いなくヤマガニの若い個体かと思われる。どのぐらいかかって陸上生活に移行するのであろうか?

東南アジアには数多くのヤマガニが生息している。今回紹介した様な地味な色彩の種類の他、鮮やかな色彩を身に纏った種類も少なくない。生息場所が限られる事から以前紹介したクィーン・クラブのように保護種となっている種類も多いようだ。今後も機会があれば興味深いヤマガニ達の生態を紹介していこう。

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