山崎浩二のSmall Beauty World

第13回「ベタ・マハチャイエンシス」

オス同士で闘争するベタ・マハチャイエンシス。現地の人々は古くから野生魚を採集して飼い込み、闘魚としても使っていたようである。この闘争時には色彩も濃くなり美しい姿を見せてくれる。

ちょっとタイミングがずれてしまい申し訳ないが、ベタsp.“マハチャイ”としてワルド・ベタの愛好家には馴染みだったベタが、昨年10月Betta mahachaiensisとしてやっと新種記載された。そこで今回はこのベタ・マハチャイエンシスを紹介することにしよう。

成熟したベタ・マハチャイエンシスのオス。この個体は上の写真の個体とは別である。尾びれ中央の伸長具合には個体差があり、この個体はあまり目立たない。

このベタ・マハチャイエンシスは、新種といっても発見されたばかりの種類ではなく、その存在自体は2002年頃から知られていたので、いまさらといった感じがなくもない。手前味噌になるが、私自身も本種の記事を2003年にアクアウェーブという雑誌で書いた事がある。約10年間も名無しのままだった訳である。これだけ長くの間新種として記載できなかった背景には彼らの生息場所が人々の生活圏に近く、既存のベタのハイブリッドではないかという説も多かったためであろう。そのためにより慎重な研究が必要とされ、それに時間がかかっていたと推測される。

今回の記載は本種が生息しているタイの学者達によって発表されたが、噂によると他国の魚類学者も研究を進めていたようである。新種記載は論文を発表した早い者勝ちのルールがあるので、今回は昨年10月発刊のZOOTAXAに論文を記載したタイの学者の勝ちとなったのである。

ベタ・マハチャイエンシスの生息場所。ニッパヤシなどの茂る汽水域である。このニッパヤシの根本が彼らの繁殖場所となる。同じ場所にはデルモゲニーやジャワメダカの姿も見られる。

本種はタイの首都バンコクから西に15~20kmに位置するSamut Sakhonに生息している。この場所はマハチャイという地名で人々には良く知られており、そのため記載される前は、この地名からベタsp.“マハチャイ”として親しまれていた。この場所はシャム湾に近く、ニッパヤシなどが生い茂る汽水域である。海に近い場所には干潟が広がり、マングローブ林などもある。以前このコラムで紹介したムツゴロウもこのマハチャイで観察したものである。少なくとも現在知られているベタ属の中では汽水に生息している種類は知られていない。

本種は汽水域に生息しているだけでなく、その生態までもこの環境に合わせたものとなっている。繁殖の際にはニッパヤシの葉の根本に泡巣を作る。この場所はたとえ潮の干満によって水が引いても、ポケット状になり水が溜まったままになる。これにより泡巣は壊れる事なく、安心して繁殖できるのだ。最初に本種の事を知った際に、汽水域にという環境に生息している事、この極めて独特の繁殖生態により、人為的に放流されワイルド化したりハイブリッドになった可能性は低いと考えた。

こうした独特な生態は数十年で身に付くものではないためである。また、2003年当時、実際に自分の足で現地を訪れ、採集をしながら現地に住む人々の話しも聞いてきた。最近になって発見されたものではなく、昔から闘魚として伝統的に利用されていたという事実もあり、独立した種類である事を裏付けるものであった。

ベタ・マハチャイエンシスの若いオス個体。すでに色彩は現れているが、成長に連れて各ヒレは伸長し、尾びれは独特の形態となる。

記載論文によると、2007年から本種のサンプル集めを本格的に行い、それを元に研究が行われたようである。形態や色彩などの他、DNAの解析などが新種記載のキーになったようだ。論文によるとサンデーマーケットなどでマハチャイの名で入手したベタの中にはベタ・スプレンデンスとのハイブリッドも結構いたようである。実際、近縁であるスプレンデンスとは容易に交雑でき、そのハイブリッドが販売されているのも私自身で確認済みである。

本種の特徴は生息場所だけではない。その外見がもっとも大きな特徴と言えるだろう。それは尾びれの形態である。成熟したオスの個体では、尾びれ中央部の軟条がやや突出したような形態になるのである。ただ単に軟条が突出しているだけでなく、尾びれ全体の軟条がやや中央寄りに湾曲したような形態になるので、他の近縁種とは容易に区別できる。

尾びれの特徴がよく現れているベタ・マハチャイエンシスのオス個体。このようにオス同士のフィンスプレッディングの際は独特のフォルムを楽しむ事ができる。

体色はエメラルドグリーンに輝き、ややベタ・スマラグディナにも似ている。しかし、本種の方がやや大型になり、鰓蓋の色彩の入り方にも違いが見える。本種を含むスプレンデンス・グループのワイルド・ベタを同定する際には、鰓蓋の色彩は重要なポイントとなる。現在記載されているスプレンデンス・グループのワイルド・ベタは、スプレンデンス、インベリス、スマラグディナ、スティクトス、マハチャイエンシスの5種であるが、成熟したオスの鰓蓋の色彩を見れば、どの種類も容易に判別可能である。

ベタ愛好家にとってはもう10年近く前から存在が知られている本種なのだが、今回新種として記載された事により再ブレイクしたようで、タイではテレビで紹介されたり、サンデーマーケットでは販売価格が上昇したりという現象が起きている。テレビで紹介された際に、本種の生息場所は破壊されたり、ハイブリッドができてしまい、純粋な魚は絶滅寸前だとかなり誇張された報道だったらしい。普段はベタなんてまったく興味のない人まで本種の事を知っていたので、やはりテレビは相当な影響力があるようだ。本種は5年前に発見されたばかりだとか間違った情報も報道されたらしい。タイのテレビは日本以上に適当なところがあるのでご愛嬌といったところであろうか。

ベタ・マハチャイエンシスと良く似た尾びれの形態を持つジャイアント・プラカット。このような尾びれの形態は普通のプラカットでもたまに見かける。マハチャイエンシスの血が入っているのか、そうでないのかはDNAの解析でもしないとわからないだろう。

実際、本種の生息場所は自然が豊かな場所ではなく、人々の生活に極めて近い場所である。そのため生息環境の破壊といった影響を受け易く、生息場所や個体数が減少しているのも事実である。多くの人が本種に興味を持ってくれた今、生息環境の悪化を防ぎ、少しでも本種の生息場所の現状維持に気を配ってもらえれば幸いである。また幸いにも本種を入手する機会があったら、ぜひ繁殖させて種の維持に励んでいただきたい。

余談であるが、本種が記載された翌月、同じタイの学者達により、また新たな種類のスプレンデンス・グループのワイルド・ベタが記載された。ベタ・シャムオリエンタリスBetta siamorientalisである。タイのチャチェンサオ周辺に生息し、色彩的には非常にスプレンデンスに酷似している。このベタ・シャムオリエンタリスに関しては、また機会があれば本コラムで紹介することにしよう。

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