山崎浩二のSmall Beauty World

第11回「Betta sp. シアヌークビル」

Betta sp. シアヌークビルのフルサイズまで成長したオス。
尾びれにはスティクトスに似た不規則な黒斑が入る。腹びれは他の
種類に比べ、かなり長く伸長する。頬部の色彩もインベリスよりも
マハチャイに似ている感じである。

昨年の1月末、日本からOカメラマンが来タイし、一緒にカンボジア方面へと魚の探索に出かける事になった。自由に動けるタイに比べると治安も悪く、場所によっては地雷がまだ残っているカンボジアは、まだまだ淡水の熱帯魚に関しての情報が乏しい。いつもはタイ東部の国境からカンボジアのココンへと入り、その近場の周辺の探索だけだったが、さすがに数回通って目ぼしい場所の探索を終えてしまうと、次は新たな場所へと興味が向いてしまう。そんな状況であったから同行する人間が増えるのは良い機会であった。ラオス同様、カンボジアも車のチャーター代が非常に高く、同行する人間が増え人数割りできると経費節減になるからだ。日程や安全上の問題もあり、目的地はココンからさらに東へ向かったシアヌークビルに決まり、タイからカンボジアへと向かった。

今回の目的は魚全般と水草の撮影であった。タイの最東端であるハトレックの国境からカンボジアのココンへと入り、そこから車をチャーターして目的場所まで向かう。その途中で良さそうなポイントがあれば車を止めて採集と撮影をしながら進む。まずはココンの町から2時間ほど走った場所のブラックウォーターの川でクリプトコリネの観察である。ここのブラックウォーターの川はさらに二年程前に見つけた。この環境なら間違いなくクリプトコリネが自生しているはずと思い、森の中まで入って行き探索したところ、予想通り見事な群生を発見した思い出の川である。クリプトコリネの他には、コイ科の魚、ナマズの仲間など、シャム湾を挟んで対岸のマレー半島とほぼ同様の魚類層が見られる。こういうのを目の当たりにすると、マレー半島はインドシナ半島から分離していったという大陸移動説がかなり納得がいく。これでパロスフロメヌス属のリコリス・グーラミィやチョコレート・グーラミィでも見つかれば大発見なのだが、残念な事にまだお目にかかれていない。

ココン郊外のクリプトコリネの群生。
水は完全なブラックウォーターで、
同じ場所に生息している魚はマレー半島の
ものとかなり被る。
この場所にいるとカンボジアにいる事を
忘れてしまいそうな感じだ。
クリプトコリネの花包。
色彩といい形態といい、マレー半島の
コルダータに非常に良く似ている。
インドシナ半島部からのこのタイプの
クリプトコリネの報告はそう多くはない
はずである。

さて、話しをクリプトコリネに戻すと、この時期はちょうど乾期で水位も下がっていた事から水上葉へと変化している群生も多く、そういう場所では独特の花包を伸ばしている株も多かった。この花を見る限りではコルダータに近いか同種かと思われるが、精査はしていないのではっきりした事は言えない。しかし、群生の中に咲く可憐な花はいつ見ても美しく見とれてしまう。
さて、道中も長いので撮影を終えたらまたすぐに移動である。めぼしい湿地や川を見つけたら網を入れてみるが、ベタは地味な色彩のプリマばかりで、泡巣を作るスプレンデンス・グループの魚は全く採集できない

シアヌークビル近郊のBetta sp.生息場所。
ブラックウォーターではないが、うっす
らと色がついた水で弱酸性の軟水である。
やたら水ヒルが多く、それさえいなけ
れば採集も楽しいのだが。
湿地にはホシクサの仲間が数多く
自生している。

そうこうしているうちにシアヌークビルの辺りまで到着。また目に付いた湿地で網を入れてみる。すると何やら真っ赤な小型の魚が採れた。見た目はボララス・メラーかブリギッタエのような鮮やかな赤であるが、ラインなどの特徴はウロフタルモイデスである。タイ南部やバンコク近郊でウロフタルモイデスは何度も採集しているが、ここまで真っ赤な個体は初めて見た。環境や時期によるものなのか、産地による色彩変異なのか興味深い。

次にさらに興味深い魚が網に入って来た。それはお目当てのスプレンデンス・グループのワイルド・ベタである。今までかなり色々な場所で網を入れて探索をしてきたが、ココンからシアヌークビルまでの間では全く見つからなかった魚である。生息場所らしき場所で網を入れても入って来るのはベタ・プリマばかり。プリマに恨みはないが、同じ魚ばかりだと全く感動がなくなり、採れてもビニール袋に入れる事もなくリリースとなってしまう。

オス同士でフィンスプレッディングする
Betta sp. シアヌークビル。
闘争時などに興奮するとオスの体色は黒み
を増す。ヒレのブルーやグリーンの色彩は
さらに鮮やかになり、平常時とは全く
印象の異なる魚へと変身する。

さて、やっと本気になれる魚が見つかり、みんなでその湿地の浅い場所をガサガサと網で掬う。何が始まったのかと近所のおじいちゃんが声をかけて来た。採れた魚を見せたら、こういう魚だったら小さい手網よりもこのネットの方が採り易いと、大きなサランのネットを持って来て貸してくれた。しかし泳ぎ回る魚には効果的かと思われるそのネットは、草の間に隠れているベタにはあまり効果がないようで、あまり役に立たなかった。でも、現地の人のそういう親切には心から感謝である。日が暮れるまで採集したが、個体数は少ないようで、その日はあまり多くは採集できなかった。

Betta sp. シアヌークビルのメス個体。
オスに比べるとヒレも短く色彩も地味である。
総排泄口付近に白い突起が目立つのは
スプレンデンスなどのメスと同様である。

その晩はシアヌークビルの安ホテルに宿泊し、部屋でそのベタを見直す。最初はワイルドのスプレンデンスと思っていたのだが、どうも体色が異なるように感じる。そうなるともっと欲しくなるものだ。翌日ココンへと戻る途中、再度同じ場所でベタの採集を試みるが、やはり個体数は多くなく、前日の分と合わせても全部で20~30匹ぐらいしか採集できなかった。しかも残念な事に、この採集行を終えバンコクまで戻った時点で元気に生き残っていたのは僅かに5匹ほど。この魚は同行したOカメラマンにより大切に日本へ持ち帰られた。その後成長したこのベタは大きく変貌を遂げたようである。鰓蓋にはスプレンデンスの特徴である2本の赤い縞はなく、インベリスのように青く染まる。ヒレの色彩パターンもインベリスによく似ている。タイの南部にはインベリスも生息しているが、インドシナ半島部からは報告されていない。やはりクリプトコリネ同様、インドシナ半島とマレー半島が遠い昔にくっついていたと考えるとすべてのつじつまが合う。

今年の5月、幸いにもまたカンボジアのシアヌークビル方面へ行く機会があった。すぐに思いついたのはあの謎のスプレンデンス・グループのベタの事である。今度はもっと慎重に輸送し、自分で日本へと持ち帰り、撮影がしたい。そう考えて以前の生息場所を訪れると、水位は高くなっているものの、ほぼそのままでその場所は残っていた。

Betta sp. シアヌークビルのオス。
この個体は前2枚の写真とは別の魚である。
尾びれの上部に不規則な黒斑が入る
特徴は一緒である。
闘争を始めたばかりでまだ興奮が浅いため、
体色はやや薄い。

早速網を入れるが、やはり個体数は多くはなく、そう簡単には採れない。前回はそこそこ採れた赤いボララス・ウロフタルモイデスは全く見られず、採集できなかった。同じ場所でも季節が異なるとかなり見られる魚類層は変化してくる。フィールドでの探索の場合、一回網を入れた場所でも季節が変わったらもう一度トライする必要があるのはこうした事があるためだ

そうこうしているうちに念願のベタが網に入って来た。今回のは前回に比べやや大きめである。すでに色が出ている個体もいるが、やはり頬はブルーで赤いラインは入っていない。この湿地には大きなヒルが山ほどいて、それが足に喰い付き、採集に集中できない原因となる。水から上がったらまずはヒルの確認だ。がっつりと喰い込まれる前に引っ剝がさないと、後で血まみれになってしまう。こうした苦労に遭いながらも採集を終え、今回はほぼすべて元気にバンコクへ持ち帰ることができた。

その中から厳選した魚を日本へと持ち帰り、大切に飼育し、ほぼ完璧まで育て上げ、撮影したのが8月の終わりである。今回飼育していて思ったのは、このベタはインベリスと似ているが、いくつかの点で異なっている。これが別種とする根拠になるかは不明であるが、地域変異レベルとしては間違いなく区別はできる。まず一番に異なるのは尾びれの模様だ。本種では尾びれの上の部分を中心に不規則な黒斑が入る。個体によってはベタ・スティクトスに似たような入り方をしている。頬のブルーや体側へのブルーの入り方もインベリスとは異なっている。サイズもインベリスよりも大型になり、腹びれはよく伸長し、かなり長めのイメージとなる。自分の知る限りでは、タイのクローンヤイ(シアヌークビルとは約150km離れている)に生息するスプレンデンスがこの魚とはもっとも生息場所が近いが、全くの別物である(タイのスプレンデンスに関しては本コラムのバックナンバーをご覧頂きたい)。

このベタは現在記載されているスプレンデンス・グループのどのワイルド・ベタとも異なる特徴を持っている。こうした細かい特徴は現地で網で掬っただけでは見えないものである。改めて水槽内で飼育し観察する事の大切さを思い知らされた。現在、このベタに関しては、ヨーロッパの知り合いの魚類学者に問い合わせているところである。何か興味深い知見でも得られたら、再度このコラムで報告したい。

幸いな事にこのベタの飼育は難しくなく、特に水質を調整しなくても飼育は可能である。ただし、他のスプレンデンス・グループの魚に比べるとやや臆病で、物陰に隠れがちである。そのために撮影には苦労させられた。繁殖も特に難しくなく、日本のハイマニアの手によってすでに成功済みである。他のワイルド・ベタに比べると、注目される事の少ないスプレンデンス・グループの魚ではあるが、ぜひ観賞魚として普及していって欲しいものである。

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