山崎浩二のSmall Beauty World

第7回「空中で生活するカニ」

葉っぱの上で獲物を待つゲオセサルマ・クラティング。
生息場所ではこうした光景があちこちで見られる

以前にこのコラムでインドネシアのゲオセサルマ属のカニを紹介した。自分がフィールドワークの基地としているタイにも本属のカニが2種類生息しているという。甲殻類好きとしては、ぜひこのゲオセサルマ達の自然での生活を見てみたいと思い、記載論文を入手して、その生息場所を探してみることにした。 
まずは何度も採集に訪れて土地勘もある地域に生息しているというゲオセサルマ・クラティング(Geosesarma krathing)を探索する事にした。本種はタイ東部のチャンタブリという場所に生息している。この場所は自分が20年程前に初めてタイを訪れた際に採集に来た場所である。その際に未記載種のベタを見つけたのが、東南アジアでのフィールドワークにのめり込むようになったきっかけである。このベタは後にベタ・プリマという学名に記載された。ベタの他にも、珍しい水草が豊富に生息している湿地もあり、幾度となく撮影に訪れている思い出深い地域なのだ。

獲物を待つ際にはこのようにやや幅のある
葉っぱの上でじっとしている。
普段は敏捷なのに、この際は触っても逃げ
ない程大胆になる
植物の茎を登っているところ。小型なだけ
あってかなり身軽に行動できる。
日が暮れるとこのように登って葉っぱの上に
移動する

記載論文を読むと、ゲオセサルマ・クラティングは、現地でカオ・カティンと呼ばれる滝付近に生息していると書かれている。種小名のクラティングはこの生息場所から名付けられている。タイ語の発音に習うと、クラティングではなくカティンと呼ぶ方が良いかもしれない。
生息場所の情報を入手して、カオ・カティンを訪れたのが約1年前。その際にはどのような場所に生息しているのかが分らず、滝の上流の渓流近くを探したのだが残念ながら出会う事はできなかった。その半年後にもまた探索を行ったのだが、またしても出会う事はできなかった。生物を探す際には、一度その生息環境さえ理解してしまえば、次は比較的容易に見つけることができるのだが、その最初の一歩に辿り着けなかったのである。
今年の10月、タイを訪れた際にふと入った本屋で見つけた雑誌にこのゲオセサルマ・クラティングの記事が載っているのを見つけた。すべてタイ語なので、自分には全く書いてある内容は理解できない。知り合いのタイ人に読んでもらうとかなり有効な情報が書いてあるようだった。幸いにもこの雑誌の編集長だったノン氏は自分の知人である。すぐに電話してこのカニの情報を得る事ができた。その情報を元に再々度のチャレンジである。今回は現地で本種を知っているという方の連絡先まで教えていただいたので、容易に生息場所まで辿り着く事ができた。持つべき物は友である。
彼らの生息場所は滝のある渓流のような場所ではなく、山間の湿地のような場所で、アロカシアなどの植物が茂っている環境であった。いくら渓流沿いを探しても見つからないはずである。探していた場所が間違っていたのである。

植物の上を忍者のように渡り歩く。
このような行動はハエトリグモや昆虫の
ようである
ゲオセサルマ・クラティングの雌。
雄は雌よりも大きなハサミを持っている。
雌は卵を腹部に抱くので、幅が広くなっている

日が暮れた生息場所に案内してもらうと、すぐに草の上に登っている本種に出会う事ができた。初めての出会いに興奮して撮影していると、次々に腰の丈程もある草の上でじっとしている本種に出会う事ができた。想像以上の生息数であった。大型個体ほど高い場所にいて、小型個体はやや低い場所にいる。草に登っている途中のカニもたくさんいる。他の同属の種類同様、本種も成体で甲幅が15mm程の小型種であり、身軽なようだ。普通夜行性のカニは光を嫌い、ライトを当てると嫌がって逃げるものだが、このカニは全く逃げもしない。数多くのカニを撮影してきたが、こんなに撮影が楽なカニは初めてである。
しばらく観察していると、なぜ彼らが葉っぱの上でじっとしているのかが理解できた。撮影のために照らしていたライトに蛾が飛んで来たその時、彼らが俊敏に動き、その蛾を捕らえて食べ始めたのだ。試しに他の小さい虫を目の前に落とすと、やはり素早く動いて捕らえた。そう、彼らは葉っぱの上で餌となる昆虫を待っていたのである。その生態はカニというよりも、ハエトリグモやカマキリのようである。
さらに観察していると、彼らは草に付いた夜露をなめている。水分の補給は水に入るのではなく、草の露に依存しているみたいである。草の上で脱皮直後のカニも見つける事ができた。陸上生活に適応したアカテガニでさえ、脱皮の際には水中に入る。本種は完全に水中での生活から陸上での生活に適応しているようだ。
案内していただいた方に聞くと、本種の繁殖時期は1月から4月という事である。この時期はタイでは乾期のまっただ中だ。幼生が海に下るのではなく、大型の卵の中で発生が進んだ段階で孵化する大卵型の繁殖をするという事だが、どのような繁殖生態なのか興味深い。来年の繁殖シーズンに再度訪れて観察する予定である。

バッタを捕らえたカニ。小型で動く物なら
何にでも反応して捕食するようである
蛾を捕らえて食べるカニ。
獲物を捕らえる際には持ち前の
俊敏さを見せる
葉っぱの上で脱皮を済ませたカニ。
水気のない場所で脱皮するカニは非常に
珍しい

ゲオセサルマ属のカニの中には、孵化した子ガニをヤドクガエルのように背中に抱く種類も知られている。またマレーシアにはウツボカズラの中を生活の場としている種類もいる。
ペット用としてインドネシアから輸入されている本属のカニ達も現地では興味深い生態を持っているに違いない。
海産起源のカニがどのように淡水での生活に適応し、さらには陸上生活に移行しようしているのかは非常に興味深い。
また新たな知見があれば、このコラムで紹介したい。

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