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山崎浩二のSmall Beauty World

第74回「タイのメンダー」

日本産のタガメよりも大型になるタイ産のタイワンタガメであるが、その表情は日本産のタガメよりも優しく感じる。力はかなり強いので、扱いには注意したい。

メンダーと聞いて、すぐに何の事か頭に浮かぶ人は、相当なタイ通であり生き物好きだろう。
メンダーとは、タイ語でタガメの事である。
ただし、タイ語でメンダーと呼ぶ生き物には、実は2種類がいる。
1種類はタイワンタガメ、これは田んぼなどに棲んでいるためメンダー・ナーと呼ばれる事もある。
ナーとは、タイ語で田んぼの事である。
もう1種類はカブトガニ、こちらはメンダー・タレーと呼ばれ区別されている。
タレーとは、タイ語で海を意味する。
このようにタイにはメンダーが2種類存在するのだが、通常メンダーと呼べばタイワンタガメの方である。
蛇足であるが、ここでタイ語のスラングを一つ紹介しよう。

メンダーとは、生き物の種類名の他、女性に依存して生活している所謂ヒモの男性に使われる事もある。これはタガメではなく、カブトガニの成体が、多くの場合雌雄が繋がった状態で見つかる事に由来している。
タイでは、自分では働かず、働き者の女性に寄生しているような怠け者の男性が多い。
このため、蔑んだ呼び方としてメンダーが使われているのだ。
間違ってもタイの人から、あいつはメンダーだと言われないように気を付けたい(笑)。

標本による日本産のタガメとタイ産のタイワンタガメとの比較。右が日本産のタガメ、左がタイ産のタイワンタガメである。サイズはもちろん体型の違いなども比べると解り易いだろう。

さて、前置きが長くなってしまったが、今回ここで紹介するのはタイワンタガメの方のメンダーである。
日本産のタガメ(Kirkaldyia deyrolli)は、ニュース等で取り上げられたためご存知の方も多いかと思われるが、特定第二種国内希少野生動植物に指定され、昨年2月から販売や譲渡などが禁止されたため、自分で採集した個体以外の飼育は実質不可能になっている。
そこで現在こうした規制無しにペットとして飼育できるタイワンタガメ(Lethocerus indicus)が、注目を浴びるようになったのだ。
このタイワンタガメ、タイでは食材として非常にポピュラーで、メンダーの名前で様々な食べ方をされている。
日本産のタガメも昔に生息数が多かった時代は食用にされていた記録もあるようだが、生息数の減った現在では、ほとんど人の生活とは関わりもなくなっている。
タイのメンダーは、繁殖期でフェロモンを出しているオスは、唐辛子などと一緒にすり潰され、ナムプリック・メンダーと言う香辛料として人々にお馴染みである。
このメンダーのオスのフェロモンは、良くフルーツ臭と言われるのだが、これは一度自分で嗅いでみないと理解し難いだろう。
洋梨やパイナップル、バナナのような果物に近い複雑な甘い香りで、全く昆虫の匂いとは思えない。
最近では、日本でもこのメンダーの香りを使ったサイダーやジンなどが販売されているので、興味のある方は試してみると良いだろう。

メンダーのメスの方は、繁殖期に体内に卵を蓄えている個体は食用として非常に珍重され、オスよりも高価なぐらいである。
このようにタイを含むラオス、カンボジア、ベトナムなど東南アジアでは、メンダーは食用として非常に親しまれている。
食用に出来ると言うのは、それだけ自然での個体数が多いためでもある。
しかし、不思議な事に自分の経験では、あまりフィールドでは見かける機会が多くはない昆虫なのである。
ベタなど、湿地や池や小川、水田等に生息している生き物を撮影するために、かなり多くの場所で採集をして来たのだが、ここ十数年で網にメンダーが入って来たり、見かけたりしたのは10回もないぐらいなのだ。
これは、たぶんメンダーの実際の生息場所や活動の時期等をまだ理解していないためだと思われる。

タイ東部チャンタブリの渓流域で夜間に見つけた野生のタイワンタガメ。こんなところに?と思われるような渓流域の流れの緩やかな場所でじっとしていた。
タイ東北部チュンペーのメンダー捕獲のためのライトトラップの様子。広大な田園地帯にこうしたトラップの青い光がポツリポツリと見える風景は幻想的だった。メンダーの他、ゲンゴロウやガムシも採れる。

日本では、タガメの生息場所を探す経験値はかなり高いので、高確率でタガメの生息場所を見つける事ができるが、タイのメンダーにはその経験値が全く役に立たないようである。
タイでは、主に東北部の田園地帯で食用のメンダーの採集が行われている。
聞くと、主に夜間行われるその採集の様子が非常に興味深い。
15年ほど前に、その様子が見たくて、タイ東北部のチュンペー(ChumPhae)と言う場所に取材に行った事がある。
夜になると、広大な水田地帯のあちこちにブルーのライトが光っている様子は大変幻想的であった。
タイでは、メンダーの採集には、紫外線のブラックライトを使用する。
夜間に飛来したメンダーを、このライトで誘き寄せて採集するのだ。
メンダーの他、他の食用の昆虫のライトトラップにも使われるこのライトは、タイでもメンダー・ライトと呼ばれている。
このライトに誘き寄せられたメンダーは、飛来してトラップに貼られたビニールにぶつかって下に置いてあるタライに落ちると言う仕掛けである。
このようにして集められたメンダーは、市場などで生きたまま販売されている事も多く、この興味深い様子を目にする機会も多い。

タイワンタガメは、タイの市場などで食用として普通に売られている事が多い。生きている個体が販売されている事も多いが、写真は塩漬けにされたメンダーである。こうすれば長期間の保存も可能だ。

死んだ個体は長期保存が可能なように塩漬けにされる。
タイでは食用としてポピュラーなメンダーだが、国産のタガメの飼育が難しくなった現在、日本ではペット用として珍重されるようになっている。
昔から自分も飼育用としてのメンダーを扱って来たが、注意点がいくつかある。
ひとつは食用として市場で販売されているメンダーは、飼育には不向きであると言う事だ。
と言うのは、多くの個体が一緒にタライ等に入れられ、弱っていたり、喧嘩しないように口吻が切り取られていたりするためである。
実際、食用のメンダーを入手した事もあるが、かなり死亡率が高く、いつも満足な結果が得られなかった。
そのため、以前はメンダーは日本産のタガメよりも弱くて飼いにくいと誤解していた事もある。
しかし、知り合いに頼み、採集してすぐに個別にパッキングして貰った個体は、非常に丈夫ですぐに死んでしまう事もなく、弱いとの認識を改めたものだ。
たまにフィールドで自分で採集した個体も、丈夫さでは日本産を上回っていた。
状態の良い元気なメンダーは、飼育用としては最適であるが、扱いには注意も必要である。

飼育下で金魚を捕食しているタイワンタガメ。薬類には敏感なので、餌として与える魚の残留薬物などには注意したい。魚の他、カエルなども好んで食べる。

ここで自分の失敗談をひとつ。
ある時、メンダーを手で持った際に、うっかりと口吻で刺されてしまったのである。
ほんのコンマ数秒と言う一瞬の出来事であたが、右の薬指に激痛が走った。
みるみるうちに腫れ上がり、あっという間に倍ほどの太さに!
数日経っても爪の辺りは紫色に変色し、腫れは引かなかった。
箸やペンを持つにも不自由し、指が壊死してしまう恐怖を覚えた。
幸い1ヶ月程で完治したが、改めてメンダーの消化液の怖さを思い知った。
同じような経験は、ゲンゴロウの幼虫でもあるので、水生昆虫の飼育の際には注意が必要だ。
彼らは、毒ではなく消化液を獲物の体内に注入し、溶かした体液を食用としている。
その消化液であるが、自分のようなアレルギー体質を持つ者にとっては、毒と一緒なのだ。
ネットで、日本産のタガメに刺され、手がパンパンに腫れ上がっている写真を見たこともあるので、油断しないようにして頂きたい。

バンコク郊外にあるメンダーの養殖場で見せて貰ったメンダーの卵塊。卵塊は日本産のタガメ同様オスが保護を行う。卵塊の形や卵の模様も日本産とよく似ている。

メンダーの飼育に関しては、水槽のセッティングや餌、管理方法等も国産のタガメと同様である。
自分の感覚では、メンダーの方がやや物音などに対して神経質な気がするぐらいだろうか。
夜間に水槽の外に脱走する事があるのも国産のタガメ同様だが、大型で力が強い分、蓋をしっかりしておかないと、跳ね除けられてしまう。
幸運にも雌雄揃って入手できたら、繁殖までチャレンジして頂きたい。
タイには、メンダーの養殖場もいくつかあり、一度見学したが、卵の保護の様子も幼虫の育て方も、ほぼ日本産と同様であった。
ぜひ興味深い繁殖行動なども観察したいものである。

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