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山崎浩二のSmall Beauty World

第55回「ホワイトアーム・マウンテンクラブ」

両方の白いハサミを振りかざし、威嚇をするホワイトアーム・マウンテンクラブのオス個体。脚の付け根付近はオレンジ色に色付いている。脚や甲の色彩には個体差があるようだ。

6月中旬、雨季の始まったタイ西部カンチャナブリのミャンマー国境へと撮影に出かけた。
とは言え、川の水は連日の雨で増水し、しかも泥濁り、この状況では魚の撮影は不可能である。 雨が降っている環境は撮影には全く適さないが、生き物達には恵みの雨であり、この季節にだけ活発に活動する生き物達もいるのだ。 雨の合間に少しだけできる晴れ間のうちに、そうした生き物を探す。 この季節に良く見かけるのは、ヤマガニやカエル、タマヤスデなどの昆虫である。 カエルはこの雨季になると活発に活動し、夜になるとメイティングコールで水辺はかなりの 賑やかさである。 この際は普段とは異なり、意外と用心深くなく、近寄っての撮影も可能なのだ。
木の枝にはシロアゴガエルが卵塊を産みつけ、水中ではアジアジムグリガエルがブオーブオーと低いうなり声をあげている。
カエルは専門外ではあるのだが、こうした姿を見ると、つい撮影したくなってしまう。 最近、日本でもペットとして人気のあるタマヤスデの仲間は、タイではこの季節になると活発に活動を始め、地表に現れるようになる。 その他の季節は落ち葉の下や地中で生活しており、その姿を見るのは難しい。 この季節は山から出てきたタマヤスデが、道路を横断する事も多く、車からも確認出来る程なのだ。

上の写真とは別なオス個体。甲羅の幅は4~5cm。ヤマガニとしては中型の部類であろう。派手さはないが、渋い色彩でこれから人気は高まりそうである。

さて、今回の旅の一番の目的はヤマガニの仲間の撮影である。
普段は山の中の沢筋の穴の中にいるヤマガニが、この季節は活発に穴の外に出て活動をするようになる。 主に夜行性なのだが、この季節は薄暗い森の中では、昼間にもその姿を見る事ができる。 今までに色々なヤマガニの撮影をして来たが、マスクドフェイス・マウンテンクラブはまだ自然下での姿は見た事がなかった。
この種類は、タイ西部のミャンマー国境付近にだけ生息しているようだ。 相棒のトンがいつも魚の採集を頼んでいる地元のトゥイさんに、その生息場所へと案内して貰う。 地元の地形などをよく知っている案内人は頼もしい。
この辺りは、タイとミャンマーの国境が入り組んでいるいるため、知らないうちにミャンマー領に入り込んでいる事もある。

ホワイトアーム・マウンテンクラブとマスクドフェイス・マウンテンクラブの生息する沢筋。今は雨季なので、水が少し流れているが、乾季には乾いてしまうような環境である。岸際にはサトイモ科の植物が群生している。
ホワイトアーム・マウンテンクラブの生息場所での姿。大型個体は昼間でも巣穴から出歩く様である。脚はがっちりしており、岩肌の上り下りも問題ない。

地元の人は、国境の存在などほとんど気にしていない様であるが、看板の文字を見ると、タイにいるのかミャンマーに入り込んでしまっているのかよく判る。 トゥイさんに案内して貰ったのは、山の中を流れる細い沢のような場所であった。 案内して貰わなければ、絶対に見つけられないし、入り込まない様な場所である。
幸いにも雨が止んでいるので、虫よけのローションをたっぷり塗って、そのへ突入する。 しばらく進んだところで、トゥイさんが1匹目のマスクドフェイス・マウンテンクラブをゲット! その辺りの斜面には、カニの穴があちこちに開いている。 静かに!と言われ、そっと歩くと、穴から半身を出しているカニの姿も見える。 撮影しようと近づくが、小枝を踏んだパキッと言う物音ひとつで巣穴へと潜ってしまう。 なかなか良いシーンが撮影できなくてイライラしてしまうが、生き物の撮影は根気が大切だ。
30分程、人一人がやっと歩ける程の沢筋を進み、カニの姿を観察していると、鮮やかなオレンジ色や朱色をしているはずのマスクドフェイス・マウンテンクラブの色彩がなぜかくすんでいる事に気が付いた。 最初は泥で汚れているためか、老成個体なのだろうと思っていたのだが、どうも様子が違う。 1匹捕まえて、よくよくその姿を見ると、マスクドフェイス・マウンテンクラブに似ているが、ハサミ脚は白く、その他も相違点がある別種である事を確信した。 相棒のトンもそれに気が付いたようである。
まさか、同じ場所に似たようなヤマガニが2種類生息しているとは想像もしていなかった。 とりあえず学名等は後で調べる事とし、便宜的にホワイトアーム・マウンテンクラブと呼ぶ事にする。

巣穴から体を出したホワイトアーム・マウンテンクラブ。こうした状態の時が一番物音などに敏感で、危険を感じるとすぐに巣穴に潜ってしまう。

このニューフェイスのヤマガニは、姿だけでなく、その性格もかなりマスクドフェイス・マウンテンクラブと異なる。
マスクドフェイス・マウンテンクラブは大きなハサミを持つが、性質は比較的おとなしく、攻撃してくる事はほとんどないのだが、ホワイトアーム・マウンテンクラブの方は、気性が荒く、すぐにハサミで攻撃してくる。
マスクドフェイス・マウンテンクラブと同じだろうと油断して捕まえた際に、血が出る程指を挟まれてしまい、それを身を以て知る事となった。

生息場所をよく観察していると、2種類はうまく棲み分けている事に気が付いた。
より水に近い場所にマスクドフェイス・マウンテンクラブ、少し水から離れた場所にホワイトアーム・マウンテンクラブが巣穴を作っているようだ。
それは飼育下でも観察でき、マスクドフェイス・マウンテンクラブは水中にいる事が多いのに対し、ホワイトアーム・マウンテンクラブの方は陸地を好む。

巣穴に潜って脚やハサミだけが確認できるホワイトアーム・マウンテンクラブ。この様な状態から巣穴を出てくるまでは、数十分じっと待っているしかない。枯葉一枚踏んだ音でも、敏感に感じ取って潜ってしまう。

もう10年近く、この場所に通い、マスクドフェイス・マウンテンクラブなど、その他のヤマガニを観察して来た。
なんでこのホワイトアーム・マウンテンクラブの存在に気がつかなかったのであろうか? 今回案内してくれたトゥイさんに尋ねると、彼はこのヤマガニの存在は知っていたようだ。
しかし、仕事で注文が来るのは、マスクドフェイス・マウンテンクラブだけなので、このくすんだ色彩のヤマガニは売れると思っていなかったのだそうだ。 とんだ盲点であった。
やはり生き物の生息場所は自分の眼で見ないといけないと、再確認させられた。

新しい種類の発見に心躍らせて、撮影を続けようとしていたら、何やら空が急に暗くなって来た。 と思ったら、突然大粒の雨が降って来た。 この豪雨では、もう撮影どころではない。 カメラをタオルで包み、バナナの葉を傘にして、沢筋を引き返す。 雨は強く、あっという間に進んできた沢筋は水量が増し泥濁りとなる。 行きは乾いていた場所も川となり、泥濘む道を慌てて進み沢から逃げ出した。
今回は小さな沢だったから良いものの、山奥の大きな沢だったら、増水した水で流されていたかもしれない。 どんな際でも自然を侮ってはいけないと改めて反省した次第である。

ホワイトアーム・マウンテンクラブの性質は荒く、とにかく威嚇してくるので、撮影は楽ではなかった。正面からの顔は、マスクドフェイス・マウンテンクラブにやや似ており、黒い頭巾を被ったような顔が印象的である。
マスクドフェイス・マウンテンクラブのオス個体。こちらが元祖黒頭巾を被ったヤマガニである。鮮やかな色彩と可愛い表情から観賞用としても人気のある種類となっている。こちらはまた別な機会に紹介する事にしたい。

このような顛末で納得いくまで撮影はできなかったが、次回は穴の中を撮影出来るスコープ型のカメラなどを用意して撮影に臨みたい。
今回捕まえた4匹は、無事にバンコクまで持ち帰り撮影を行ったので、自然下での姿と共にここで紹介したい。
マスクドフェイス・マウンテンクラブの方は、次回納得のいく撮影が出来たら紹介しよう。

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